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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)770号 判決

第一審原告(第七六四号事件被控訴人・第七七〇号事件控訴人) 野崎辰雄

右訴訟代理人弁護士 江藤鉄兵

第一審被告(第七六四号事件控訴人・第七七〇号事件被控訴人) 古川あさ

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 真部勉

主文

一  原判決中第一審被告古川房江に関する部分のうち、第一審原告敗訴の部分を次のとおり変更する。

1  第一審被告古川房江は第一審原告に対し、原判決添付物件目録(二)記載の建物部分を明け渡せ。

2  第一審原告の第一審被告古川房江に対するその余の請求(賃料及び損害金の請求)を棄却する。

二  第一審原告の第一審被告古川あさに対する控訴及び第一審被告らの控訴をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じ、第一審原告と第一審被告古川あさとの間に生じた分はこれを二分してその一を第一審原告の、その余を第一審被告古川あさの負担とし、第一審原告と第一審被告古川房江との間に生じた分はすべて第一審被告古川房江の負担とする。

事実

第一審原告代理人は、第七六四号事件につき控訴棄却の判決を、第七七〇号事件につき「原判決中第一審原告敗訴部分を取り消す。第一審被告らは第一審原告に対し、各自、原判決添付物件目録(二)記載の建物部分(以下「本件部屋」という。)を明け渡し、かつ、金二二万円及び昭和五四年三月一日以降右明渡し済みまで一箇月金二万円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」旨の判決並びに仮執行の宣言を求めた。

第一審被告ら代理人は、第七六四号事件につき「原判決中第一審被告ら敗訴部分を取り消す。右取消し部分につき、第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」旨の判決を、第七七〇号事件につき控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用、及び認否は、次に付加し訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決事実摘示の訂正

原判決四枚目表六行目の「原告は被告らに対し」を「第一審原告は、昭和四七年七月ころ第一審被告らに対し」に、同裏一行目の「同月末日までの」を「同月末日までに」に、同八枚目表一行目の「房子」を「房江」にそれぞれ改める。

二  第一審原告代理人の付加した陳述

1  本件使用貸借契約の終了原因の主張(原判決事実摘示中、請求原因4(二)の主張)について、次のとおり主張を補充する。

本件部屋についての第一審原告、同被告らの間の関係が使用貸借契約関係であるとしても、使用貸借契約関係の基礎となるべき人的な信頼関係は、第一審被告らの第一審原告及びその家族に迷惑を及ぼす度重なる行為によって破壊され、これ以上使用貸借契約関係を継続させることは、第一審原告にとって耐えられない状態にある。

第一審被告らは、第一審被告らの所有権の存在を裏付けるに足りる主張、証拠が全く存在せず、第一審判決によってそれが否定されたにもかかわらず、単に登記名義を有することを奇貨として、原判決添付物件目録(一)記載の土地、建物(以下「本件土地、建物」という。)について所有権を主張して抗争を続け、しかも、これと矛盾する使用貸借契約の存在を主張して法の保護を受けようとしている。

第一審被告らが、本件部屋に居住するようになったのは、第一審原告の妻侑子(以下「訴外侑子」という)と第一審被告あさとの親子関係に基づく第一審原告の好意によるもので、他人に対する場合と異なる強い情宜によるものであった。しかるに、第一審原告の家族と第一審被告らとの間には、憎しみと怒りしか存在しない状態になっており、その原因は、第一審被告房江の本件建物に対する所有権の主張と常軌を逸した態度にあるのであって、第一審被告らに対して本件部屋の使用を認めるべき人的信頼関係は全く失われている。また、第一審被告らが本件部屋を使用することによって、第一審原告の家族が被っている有形、無形の苦痛や子供部屋を奪われ、板の間で寝起きしなければならなくなっている事情も十分考慮する必要がある。

2  第一審被告らの後記第二次主張(家族の一員としての占有)は争う。

第一審被告らが主張するように、通常の社会的慣行に基づく「家族の一員」として占有使用するというのであれば、それは、家族共同体に類似する親密な共同意識に基づく共同体の生活が前提となるべきものである。ところが、第一審被告らと第一審原告の家族との間では、右共同生活を基礎づける実体が破壊され、もはや修復することは不可能な状態にあるといってよい。

このような場合には、(右家族共同体の破壊の原因が、仮に一方的に第一審被告らにのみあるのではないとしても)共同体の一員であった第一審原告が、本件建物の所有者として、第一審被告らに対し退去を要求し得るものというべきであるから、家族共同体の破壊を原因として、本件部屋の明渡しを求める。

三  第一審被告ら代理人の付加した陳述

第一審被告らは、本件部屋の使用権限として、第一次的に本件建物に対する所有権(共有持分)を、第二次的には通常の社会的慣行に基づく家族の一員としての占有権を主張する(以上はさきに引用した原判決事実摘示のとおり)が、右主張が認められないとすれば、第三次的主張として、本件部屋についての以下の使用貸借契約に基づく占有権を主張する。

1  当事者 貸主第一審原告、借主第一審被告ら

2  契約の日 昭和四七年七月ころ(本件建物が完成されたころ)

3  使用目的 第一審被告らの居住

4  期間 使用目的を達する期間

四  証拠の提出、援用、認否《省略》

理由

一  当裁判所も、第一審原告の第一審被告らに対する所有権移転登記抹消登記手続の請求は、正当として認容すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加し、訂正するほか、右請求に関する原判決の理由説示(原判決九枚目裏六行目から同一三枚目裏六行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一〇枚目表五行目の「証人野崎侑子」の次に「(原審)」を、同表六行目から七行目にかけての「甲第二四号証の一、二」の次に「、証人佐藤勉(原審)の証言により真正に成立したものと認められる同第二三号証」を、同表七行目「証人野崎侑子」の次に「(原審及び当審)」をそれぞれ加え、同表七行目から八行目にかけての「原告及び被告ら各本人尋問の結果」を「第一審原告本人尋問の結果(原審及び当審)並びに第一審被告古川あさ(原審)、同古川房江(原審及び当審)各本人尋問の結果の各一部」に改め、同表八行目から九行目にかけての「次の事実を認めることができ」の次に「、第一審被告古川あさ(原審)、同古川房江(原審及び当審)各本人尋問の結果中この認定に反する部分は、前掲各証拠と対比して措信することができず」を加える。

2  原判決一二枚目表一行目の「当時」を「昭和四五年ころ」に改め、同表三行目の「いたところ、」の次に「昭和四九年ころに至り」を加え、同一二枚目裏六行目の「原告と」から同裏八行目までを「第一審原告と第一審被告らとの間において、本件各不動産の所有権持分を第一審原告から第一審被告らに譲渡し、あるいは本件各不動産が第一審原告と第一審被告らの共有に属することを確認して、実体的権利関係に付合させるために、第一審被告らに所有権(持分)移転登記手続をする旨の合意がなされたわけではなかった。」に改める。

3  原判決一三枚目表二行目から三行目にかけての「右所有権の一部が被告らに対して売り渡された事実はなく」を「本件各不動産の所有権持分三分の一ずつが第一審被告らに属するものとは認められず」に改める。

二  次に、本件部屋の明渡請求について判断する。

本件建物が、第一審原告の単独所有であって、第一審被告らが所有権(持分)を有するものと認めることができないことは、前判示(原判決理由説示の引用による。)のとおりであるから、所有権に基づいて本件部屋の占有権限を有する旨の第一審被告らの主張(第一次主張)は、採用の限りでない。

第一審被告らは、通常の社会的慣行に基づく家族の一員としての占有権に基づいて占有するものである旨主張(第二次主張)する。ところで、法律上具体的に生じた扶養義務あるいは同居義務に基づき、相手方を自己の住居に引き取り、あるいは相手方の住居においてこれと同居している場合には、右義務が存続する限り当該相手方の同居を拒むことはできないものと解すべきであるが、このような法律上の具体的な義務が生じていない限り、単に、従来家族として同居してきたからといって、自己の意思に反してもその者との同居を続けることが義務付けられるというような社会的慣行が存在するものとは認められないところ、《証拠省略》によると、第一審原告の妻訴外侑子は第一審被告あさの娘、同房江の妹であることが認められ、したがって、第一審原告及び訴外侑子と第一審被告らとの間には、親族間の一般的な相互扶助義務(民法七三〇条)及び抽象的な扶養義務(民法八七七条)の存在することを否定し難いが、第一審原告が、自らのあるいは訴外侑子の第一審被告らに対する扶養義務に基づき具体的に定められた扶養方法の実行として、又は具体的な同居義務の履行として、第一審被告らと同居しているものと認めるに足りる証拠はないから、第一審被告らの右主張も理由がないものといわざるを得ない。

当裁判所も、第一審被告らの使用貸借契約に基づく占有権限の主張は理由があるものと判断するが、その理由は、原判決理由第二項1(原判決一三枚目裏九行目から同一六枚目表八行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決一三枚目裏一〇行目の「証人野崎侑子の証言」から同裏末行までを「証人野崎侑子(原審及び当審)の証言並びに第一審原告(原審及び当審)、第一審被告古川あさ(原審)、同古川房江(原審及び当審)各本人尋問の結果の各一部を総合すると、次の事実を認めることができる。右証言及び各本人尋問の結果中この認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして措信しない。」に改める。

そこで、右使用貸借契約が終了した旨の第一審原告の主張について検討する。

まず、使用収益をなすべき期間を経過したため、使用貸借契約が終了した旨の主張が理由のないことは、右主張に対する原判決の理由説示(原判決一六枚目表九行目から同一七枚目表三行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

次に、第一審原告は、信頼関係が破壊されたことを原因に、本件訴訟において、右使用貸借契約を解除した旨主張する。

そこで、第一審被告らそれぞれについて、右解除の当否を検討する。

まず、第一審被告房江についてみるに、《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められ、第一審被告ら本人の前記各尋問の結果中この認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして措信することができず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

第一審被告らは、本件建物が完成すると同時に、本件建物二階の六畳、八畳の二部屋(本件部屋)につき、第一審原告から使用を認められて(使用貸借契約であることは既に判示のとおり)入居したが、当初は、第一審原告の家族らとの間は、食事を共にし、第一審被告らにおいて、光熱費を一部負担し、更には、共同生活上の諸費用を分担する趣旨で一箇月一万七〇〇〇円ずつを第一審原告に交付するなど円満に推移していた。しかし、昭和五〇年一月ころから、第一審被告房江と訴外侑子が不仲となって、第一審被告房江は、そのころから第一審原告の家族と共に食事をしないようになり、同年二、三月分の前記生活費の一部負担金を支払わず、同年四月からは、右負担金を銀行振込みの方法によって支払うようになった。本件土地、建物について、第一審原告が第三者から強制執行を受けるおそれが生じたため、第一審被告らの名義を借りて所有権移転登記をしてあった(その事情、経緯は、さきに引用した原判決理由第一項1(三)説示のとおり)ところ、第一審被告房江は、本件建物について第一審被告らが所有権(共有持分)を有する旨主張するようになり、昭和五三年ころになって、第一審原告が、第三者から強制執行を受けるおそれが消滅したので、本件土地、建物の登記名義を第一審原告に戻すよう求めたのに対し、第一審被告房江は、これを拒否したばかりでなく、近隣の者に対して、第一審被告らが本件土地、建物の所有権を有している旨を言い触らし、その事実が訴外侑子の耳に入るなどしたため、訴外侑子と第一審被告房江との仲は極めて険悪となった。その間、訴外侑子の留守中に、同訴外人から日本舞踊の指導を受けていた少女が、同訴外人を訪れ、無断で第一審原告宅に入ったのを第一審被告房江が見とがめて強く叱責したのに対し、同女の母親から訴外侑子に苦情があったため、訴外侑子は第一審被告房江の右措置に強い不満を抱き、また、同被告が電動ミシンを使用しようとしたところ、故障のため作動しなかったため、同被告は訴外侑子が第一審被告らの居室の電源を切ったものと速断して訴外侑子に抗議したことから、同訴外人との間で激しい争いとなった。昭和五三年四月からは、第一審被告らが、生活費の分担として第一審原告に交付していた一箇月二万円(当初一万七〇〇〇円であったが、その後二万円に増額して支払われていた。)を支払わなくなり、第一審原告及び訴外侑子は、第一審被告らに対し、ガス、水道の使用を禁じ、顔を合わせても言葉を交わすこともなく、言葉を交わせば争いになるといった状態にある。

以上のとおり認められるところ、右認定の事実によって判断すると、第一審被告房江と第一審原告及び訴外侑子との間は、互いに一棟の建物の一部ずつを使用して生活を継続する関係を維持することが著しく困難な状態にあるものというべきであり、第一審被告房江と第一審原告及び訴外侑子が不仲となった原因が、当事者のいずれにあるかは、その発端については必ずしも明らかでないが、その関係が著しく不和となり、現在の状態を生ずるに至ったことについては、第一審被告房江が、頑強に本件土地、建物の所有権を主張したところにその大きな原因があるものとみることができる。

使用貸借契約において、借主は、契約又は目的物の性質によって定まった用方に従って、目的物を使用、収益しなければならないところ、本件使用貸借契約におけるように、本来二世帯の家族が、それぞれ独立して生活するに適するような構造を備えていない一棟の建物の各一部を使用して、相互の生活を継続することを目的とする使用貸借契約においては、互いに円満な利用関係を害することのないような行動をとるべき契約上の義務があり、借主においてこれに反する行為があって、その結果、円満な利用関係を維持することが著しく困難になったときは、貸主は、借主の債務不履行を原因として使用貸借契約を解除することができるものというべきである。

してみると、第一審被告房江に使用貸借契約上の債務不履行(信頼関係を破壊する行為)があり、これを理由として、同被告に対する使用貸借契約を解除することができる旨の第一審原告の主張は理由があるものというべきである。

次に、第一審被告あさに対する解除の当否についてみるに、弁論の全趣旨によると、同被告も、第一審被告房江と同様、本件土地、建物について所有権(共有持分)を有する旨主張し、その限りにおいて、第一審原告の所有権を争っていることが明らかである。

しかし、《証拠省略》によると、第一審被告あさは、同被告自身においては、本件土地、建物について第一審被告房江、同あさが所有権(共有持分)を有するものと考えているわけではなく、第一審原告及び訴外侑子に対して、積極的に所有権を主張した事実もなく、生活を共にする第一審被告房江に対する情愛から、同被告の主張するところに同調しているにすぎないものと認められるとともに、第一審被告あさの右心情は第一審原告もこれを察知していることがうかがわれる。

右事実によって判断すると、第一審被告あさの右行為は、第一審原告に対する不信行為であることを否定することはできないが、これをもって、本件使用貸借契約の継続を困難ならしめる程のものということはできず、他に、第一審被告あさにかかる行為があったものと認めるに足りる証拠はないから、同被告に対する解除の主張は理由がない。

第一審原告が、原審における昭和五六年七月二一日の口頭弁論期日(原審第一〇回)において、第一審被告房江の債務不履行を理由として本件使用貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、本件記録上明らかである。なお、第一審被告らは、本件建物の建築の動機その他本件不動産取得の経緯に照らし、第一審原告が第一審被告らに対し本件部屋の明渡しを求めることは、信義則に反し、権利の濫用というべきであると主張するが、上来認定の事実関係、殊に本件建物に入居後の経緯にかんがみれば、少なくとも第一審被告房江に対する関係においては、第一審原告の右契約解除の意思表示をもって、信義誠実の原則に反するとし、あるいは権利の濫用に当たるとすることはできない。

以上のとおりであって、第一審原告と第一審被告房江との間の使用貸借契約は、昭和五六年七月二一日解除により終了したものというべきであるから、同被告に対し、本件建物の所有権に基づいて本件部屋の明渡しを求める第一審原告の請求は理由があり、第一審被告あさに対する明渡請求は理由がないものというべきである。

三  最後に、第一審被告房江に対する賃料相当額の損害金の請求についてみるに、第一審被告あさに対する使用貸借契約が終了するに至らず、同被告に対する明渡しを求めることができないものである以上、第一審原告において、本件部屋の明渡しを得てこれを利用することはできないのであるから、第一審被告房江の占有により賃料相当額の損害が生ずる余地はないものというほかなく、右請求は理由がない。

四  以上のとおりであって、第一審原告の請求は、第一審被告各自に対し所有権移転登記の抹消登記手続を求める部分及び第一審被告房江に対し本件部屋の明渡しを求める部分については正当として認容し、その余は失当として棄却すべきところ、原判決中、第一審被告房江に対する本件部屋の明渡請求を棄却した部分は失当であるから、原判決中、第一審被告房江に対する請求を棄却した部分を本判決主文第一項のように変更するとともに、第一審原告の第一審被告あさに対する控訴及び第一審被告らの控訴は、いずれも理由がないものとして、民事訴訟法三八四条に従ってこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、同法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 近藤浩武 川上正俊)

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